喫茶店の隣人
10月に入り、いっそう秋めいた空気がただよう。
街を歩いていると、どこからか金木犀の香りがして、「ああ、もう秋なんだ」と深く実感する。道端でつぶれた銀杏の何とも言えない匂いと、いくら歩いても汗のにじまない涼しい空気。秋の香りにつられて2駅ぶんも散歩した。
やっぱり私は秋が好き。
今日は新宿の方に用事があったので、ついでに新宿紀伊国屋に足を運んでみた。
新宿紀伊国屋は相変わらず陳列がよくて、目移りが止まらない。片っ端から手に取りたくなってしまう。
夏休みを終えいささか金欠の私は、衝動をグッとこらえ、原田ひ香『古本食堂』と、紀伊国屋広報誌、講談社新書・光文社新書の目録を手に取って後にした。
結局、地元のブックオフで新書を3冊購入。今日こそは荷物を軽くしたつもりだったのに帰るころには本の重みに胸を弾ませている。
最近Youtubeで「有隣堂しか知らない世界」を観ているんだけれど、又吉直樹ゲスト回がとにかく面白い。
特にこの回が好きで、
・本を買ったら近くの喫茶店でまず50ページは読んで、カレーを食べて、珈琲をお替りして、100ページまで読む
・まず本の装丁を見、思考を巡らせる
・1日に1回は書店に行っていた
など、共感・憧れポイントがたくさんあって、読書欲が刺激される。
又吉さんを倣い、今日は本を抱えて地元のジャズ喫茶へ向かった。
日曜の夜、オレンジ色の明かりに照らされた店内には落ち着いたジャズがかかっている。
カウンターに座る常連らしきご夫婦、広いテーブルに顔を突き合わせなにやら作業をしている男性二人組、ケーキを食べながら黙々と読書をする同い年くらいの女性。
なんだか今日は、この空間にいる人たち皆が同志のように感じた。
さて私も読書をしよう、と戦利品の『古本食堂』を開く。
読み進めるうちに注文した瓶コーラと軽食がやってきた。
ふと目を向けると、同じく読書をしている女性の読んでいる本に釘付けになってしまった。というのも、サン=テグジュペリの『夜間飛行』を手に持っていたのだ。
ジロジロ見るのは失礼だな、と思いつつ、どうしても目が離せなかった。いいな、素敵な選書だなあと思っていたら、彼女はおもむろに本を閉じ、次の本を手に取りはじめた。
その本は、なんと川端康成の『伊豆の踊子』だった。驚愕した。
気に入っているジャズ喫茶で、同年代くらいの女性が一人で夜にお茶しているのも珍しいのに、洒落たチョイスに完全に痺れてしまった。
言葉も交わさないし、目線が合うわけでもない。ただ、同じ時を、同じ音楽を、同じ空間を共有していることが誇らしく感じた。
非言語的で、その瞬間でしか味わえない心の高揚感が好きだ。
やっぱりすごく気になったので、よっぽど声をかけようかと思ったけれど、そんな勇気は出なくて、そのまま店を後にした。
忘れられない秋の夜になった。